いわゆる安全保障関連法案(安保法案・安保法制)が2015年9月19日未明に参議院で可決され、成立しました。

反対デモは全国的にも拡がり、学生や主婦などの若者をはじめ、学者や文化人、芸能人なども参加するという、最近では珍しいほど多くの議論をよびました。

賛成派と反対派、それぞれ主張しあっているものの、イマイチ議論がかみ合わないということも多くありました。

しかし、大きな争点として取り上げられるのは憲法に違反しているかどうかという点です。

安保関連法に対する憲法訴訟のゆくえと問題点1

多くの憲法学者や文化人などだけでなく、歴代の内閣法制局長官、最高裁判所裁判官経験者などもこの法案は違憲であると表明したりしていたこともあり、最大の争点になっていました。

そのようなこともあって、法案成立後早くもこの安保関連法の合憲性をめぐって訴訟を提起するという動きが出ています。

大きな規模になりそうなものとして、弁護士でもある憲法学者、慶應義塾大学名誉教授の小林節氏が弁護団の団長として準備している訴訟です。

報道によると、100人規模の原告団を作り、1000人規模の弁護団の結成を目指すとのことです。

小林教授はもともと改憲論者で集団的自衛権の行使については否定しない立場でしたが、憲法を改正せずに今回ような法案を通すことは立憲主義に反するという立場です。

集団的自衛権を認めないという立場の人たちとも、立憲主義に反するという点では一致するため反対運動も共にされたという経緯があります。

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憲法訴訟の問題点

安保関連法案が国会で審議されていた最中、法案が違憲であるかどうかを決めるのは憲法学者ではなく最高裁判所だという議論が聞かれました。

確かに法律上は法律の憲法適合性の最終判断権者は最高裁判所になっています。

法案が成立してしまった後は、合憲性を争う方法としては裁判所へ訴えを提起するしか方法はなくなりますので、訴訟を提起するという動きが出てくるというのは自然な流れといえます。

しかし、裁判所にある法律が憲法に違反していると判断してもらうには、いくつかのハードルがあり、これが一筋縄ではいかないということが予想されます。

法律の合憲性の判断が問題となる訴訟を憲法訴訟といいますが、その憲法訴訟には大きく以下の3つの段階で問題点があります。

  1. どのような訴えを起こすのか(訴え提起の段階)
  2. 合憲性を判断してもらえるか(訴え提起後の段階)
  3. 違憲と判断されるとどうなるか(判決後の段階)

 

これらの問題点についてそれぞれみていきたいと思います。

1.どのような訴えを起こすのか(訴え提起の段階)

憲法81条は以下のように規定しています。

第八十一条  最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

出典:日本国憲法

このように規定されていれば、法律の憲法違反を主張して訴えを起こすことができそうに思えます。

しかし、現実は違います。

「法律が憲法違反です」では訴えを提起できない

実際には「法律が憲法違反です」というだけでは訴えを提起できないことになっています。

つまり、個人の具体的な権利義務関係が問題となっているという事件性がないと訴えが起こせないことになっています。これを付随的審査制(ふずいてきしんさせい)といいます。

要するに、法律が憲法に違反しているかどうかは、具体的な事件を解決することに付随してしか判断することができないことになっています。

しかも判断する範囲はその事件を解決するのに必要な限度でしかできません。

どんな権利義務関係の問題とするか

ではどんな権利義務に結び付けて訴えを提起することが考えられるでしょうか。

具体的には以下のもので国家賠償請求訴訟を提起することが考えられます。

  • 平和的生存権の侵害による賠償請求
  • 精神的損害を理由とする慰謝料請求
  • 自衛隊員が損害を被った場合の損害賠償請求(仮定の話)

 

まず、平和的生存権は憲法前文や13条を根拠としますが、その平和的生存権が、憲法違反の安保関連法によって侵害されたとする主張です。

しかし、この権利が具体的な権利として認められたうえでこの法律によって侵害されたと認定されるのはかなりの無理筋です。

したがって、仮にこの主張をしたとしても門前払いになる可能性が高いと思われます。

次にこの法律によって精神的苦痛を受けたとして慰謝料請求(精神的損害を理由とする慰謝料請求)する方法が考えられますが、因果関係や損害の発生が認められることはきわめて難しいと思われます。

最後は仮定の話ですが、今回成立した安保関連法によって自衛隊員が活動した結果、何らかの形で損害が発生した場合(自衛隊員が損害を被った場合の損害賠償請求)です。

この場合は、それなりに事件の内容が吟味される可能性が高くなります。もちろんこういった事態が発生するかどうかは今のところ不明ですのであまり現実味のある話ではありませんが。

しかし、この場合であっても必ずしも法律が違憲であるかどうかが判断されるとは限りません。

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2.合憲性を判断してもらえるか(訴え提起後の段階)

仮に訴えを提起できた場合に、法律が合憲であるかどうか判断してもらえるかどうかという点について説明します。

付随的審査制による問題

先ほど、付随的審査制について触れましたが、仮に訴えを提起することが認められた場合でも法律が違憲であるかどうかは、その事件を解決するために必要な限度でしか判断はされません。

ですから、事件の解決に必要でなければ、法律の合憲性は判断されないということもありえます。

統治行為論による判断回避

仮に法律の合憲性の判断が必要だったとしても、統治行為論(とうちこういろん)という方法で裁判所は判断を避けることができます。

統治行為論というのは、高度に政治性のある国家行為は裁判所の判断には馴染まないとして、判断を避けるという考え方です。

かつて日米安保条約の合憲性が争われた砂川事件判決は、この統治行為論が適用されたと考えられています。

もっとも、全面的に判断を避けたというのではなく、「一見極めて明白に違憲無効と認められない限り」判断しないとしましたので、誰が見ても明白に違憲無効であれば判断するということです。

今回の安保関連法が「一見極めて明白に違憲無効」として判断されるかというと、おそらくそれは難しいと思われます。

なぜなら、少数派ながらも合憲とする憲法学者も存在しましたし、合憲と考える人も一定数存在することから、一見極めて明白に違憲無効とは言いがたいと判断される可能性が高いからです。

安保関連法に対する憲法訴訟のゆくえと問題点2

3.違憲と判断されるとどうなるか(判決後の段階)

可能性は低いといわざるをえませんが、もし仮に訴えを提起して安保関連法のいずれかが違憲と判断されたとしたらどうなるでしょうか。

日本の裁判は三審制(さんしんせい)で、今回の安保関連法の訴訟については地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所と最後まで争われる可能性は高いと思われます。

仮に下級裁判所(地方裁判所、高等裁判所)で違憲判決が出たとしても、上訴されれば判決は確定しませんが、最高裁まで争われて違憲判決が確定したとした場合、その法律はどうなるのでしょうか。

判決の効力がどのように生じるのかという問題です。これは、どのような形で判決がなされるかによりますが、違憲と判断される場合は以下の3通りが考えられます。

  • 法令違憲
  • 適用違憲
  • 運用違憲

 

法令違憲は、法律そのものが違憲であると判断される場合です。

違憲判決の効力については考え方が分かれています。

違憲判決が確定すればその法律が無効になるという考え方(一般的効力説)と、その事件に適用される限りで違憲とする考え方(個別的効力説)があります。

どちらなのかははっきりとしていませんが、実務上は違憲と判断されるとそれ以降、その法律が有効であることを前提とする運用はなされない傾向にあり、国会においても速やかに法律を改廃してきたという経緯がありますので、事実上一般的効力説に近い効果が期待できます。

次に、適用違憲は訴え提起された事件にその法律を適用する限りにおいて違憲であるとするものです。

また、運用違憲は、法律自体を合憲としつつも、その事件での法律の運用が違憲であるとするものです。

これら適用違憲や運用違憲であれば、法律そのものが違憲と判断されるわけではありませんので、仮に訴えを提起する側が法律が違憲であると判断してほしいと思っていたとしたらその目的は達せられないことになります。

さいごに

以上、安保関連法に対して憲法訴訟が起こされた場合の問題点などについてでした。

実際に法案が成立してから違憲であると裁判所に判断してもらうには、さまざまなハードルがあることがお分かりいただけたかと思います。

法律が違憲であると裁判所が判断することにハードルがあるのは、三権分立制度を重視しているからだという側面もあります。

つまり、立法府である国会が作った法律を、選挙で選ばれていない裁判官で構成される裁判所が違憲無効にすることは抑制的でなければならないという価値判断もあると考えられるからです。

ただ、やはり最後の砦としての裁判所の役割というものもありますので、その兼ね合いの問題です。

安保関連法をめぐる憲法訴訟がいくつか起こされることになりそうですので、経緯を見守っていきましょう。

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