「痴漢冤罪保険」というものが販売され話題になっています。
痴漢の冤罪はここ数年、ニュースなどで取り上げられることもあり、被告人が無罪を勝ち取ったとか、無実であることを主張して裁判が何年も続いているという状況が報道されたりもしています。
数年前には、『それでもボクはやってない』という痴漢冤罪をテーマにした映画が公開されて大きな話題になりました。
また、身近な例では過去に痴漢に間違われて睨まれたという経験談や、痴漢に間違われないように混雑した電車内では両手を上げるようにしている、といった話を友人同士で話している状況も珍しくないのではないでしょうか。
「痴漢冤罪保険」が発売されたのも、このような痴漢に間違われるリスクを考える人が出てきていることが背景にあるものと思われます。
この記事では、痴漢冤罪保険のメリットや問題点などについて考えてみたいと思います。
Contents
痴漢冤罪保険とは?
話題になっている「痴漢冤罪保険」はジャパン少額短期保険株式会社が販売する「弁護士費用保険」で、「賠償責任保険」とセットで保険料は月額590円、年額6400円です。
詳細は公式ページを参照いただくとして、ざっくりとした内容は、偶発的な事故による賠償金や弁護士費用等をカバーする保険で、その保険の契約者特典として痴漢冤罪ヘルプコールや弁護士相談が無料になるというもの。
この特典は、痴漢と間違われた際、即座に弁護士へヘルプコールして相談でき、事件発生後48時間以内の弁護士への相談料、接見費用などを負担してもらえるというものだそうです。
ではこの保険にどのようなメリットがあるのかということを考えるにあたって、そもそも痴漢冤罪とはどのようなものか、捕まった場合にはどのようなことになるのかについて概観した上で考えてみたいと思います。
痴漢冤罪とは?
冤罪(えんざい)というのは、罪を犯していないにもかかわらず犯罪者として扱われることを意味し、いわゆる「濡れ衣を着せられる」ことです。
痴漢冤罪は文字通り、痴漢行為をしていないのに痴漢の犯人として扱われてしまうことです。
痴漢は犯罪?
「痴漢は犯罪です」というキャッチフレーズが流行ったことがあるように、痴漢行為は犯罪と位置づけられています。
ですが「痴漢罪」という犯罪はありません。
刑法には「強制わいせつ罪」という犯罪が規定されていますが、こちらは「暴行または脅迫」を用いることが前提となっています。ですから、電車内で他人の身体に触れるような行為にはあてはまりません。
刑法に痴漢についての規定がないものの、各都道府県が定める条例に痴漢行為を取り締まる規定が整備されています。
条例というのは各都道府県が定めた規定で、その都道府県内でのみ通用するものです。
東京都を例にすると、迷惑防止条例(公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例)には以下の規定があります。
第五条 何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次に掲げるものをしてはならない。
一 公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。
出典:公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例 5条1項1号
この行為の罰則は「六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金」です。
他の道府県も似たような規定が定められています。
逮捕=前科ではない
痴漢をしたとして被害者やその他まわりの人などに捕まえられた場合、「逮捕」されたということになります。
第二百十三条 現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。
出典:刑事訴訟法 213条
という規定がありますので、現行犯人であれば、警察官でなくても誰でも犯人を逮捕することができます。逮捕というのは、一言でいうと身体を拘束することです。
例えば、被害者が犯人をその場で取り押さえたとか、目撃した周りの人が取り押さえたなどです。
それで警察に突き出されたとしても、即前科が付くわけではありません。
前科は、裁判で有罪判決が出されないかぎりつきません。
ですから、身に覚えがないのに捕まえられてしまった場合は、裁判で有罪判決がでるまでの間に身の潔白を主張し続ける必要があるのです。
痴漢事件の特徴
痴漢事件の特徴としては、証拠が残りにくいため真実の証明が難しいということがあります。
証拠には、
- 物的証拠
- 人的証拠
があります。
物的証拠とは、物理的な証拠で、万引きであれば盗んだ商品や防犯カメラ映像などですね。
痴漢では車内には防犯カメラがないことがほとんどでしょうし、着衣の繊維片なども調べるのが困難なことが多いですね。
人的証拠とは、目撃者などで証人になってくれる人の供述などです。
痴漢行為では、ラッシュアワーの混雑した交通機関の乗客の多くは時間的な余裕が少ないと思われるため、目撃者として協力してくれる人はなかなかいないと考えられます。そうするとあとは、当事者の供述が頼りになります。
このように証拠が乏しく、本当のことを証明するのが難しいというのが痴漢事件の特徴です。
痴漢冤罪で捕まったらどうなる?
では、ここから痴漢冤罪で捕まえられてしまい、否認し続けた場合の簡単な流れは以下のようになります(あくまで一例で、途中で釈放されるということありえますし、被害者の考え方次第でも異なってきます)。
- 痴漢と間違えられ被害者などに拘束される
- 駅員室へ連れて行かれる
- 駅員室に警察官が到着
- 警察署へ連れて行かれる
- 取調べ開始
- 留置場へ入れられる
- 検察官送致
- 取調べ
- 起訴・裁判開始
- 審理・判決
痴漢冤罪が問題となった場合によく言われるのは、「本当はやってはいないが、認めてしまって早くシャバにでたほうが現実的には得策だ」というものです。
この一連の流れについては、『痴漢に間違われたらこうなります!』という書籍に臨場感たっぷりに書かれています。
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痴漢冤罪で捕まえられた時の一つの例として、事件発生直後から「やっていない」と否認し続けていたものの、5.ないし6.の段階で弁護士から、
- 罪を認めて早く自由になり、これまでの生活を取り戻す
- あくまで真実を主張し続けるが、23日間程度の身柄拘束は覚悟する
のいずれかの選択肢しかないということを教えられます。
真実を主張し続ける場合は、身柄拘束に加えて長期間の裁判も覚悟しなければなりません。
周防監督の映画『それでもボクはやってない』でも似たような場面がありました。
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痴漢冤罪保険は有効か?
では痴漢冤罪に対して保険はどういった点が有効なのでしょうか。
痴漢冤罪保険のメリット
痴漢事件は、先ほど書いたように証拠に乏しい傾向にあります。
大きな手がかりとなるのは、被害者と被疑者(犯人と疑われている人)の供述です。
被害者は被害を主張しているはずなので、わざと嘘の供述をしていることが疑われるような事情がない限り、捜査機関からはそれほど疑われることはないと思われます。
そこで一番重要になるのは、被疑者の供述です。
捜査機関は証拠が少ない事件の場合は、状況証拠以外に被疑者の自白を重視する傾向にあるといわれています。
そのため、被疑者が否認しても聞き入れてもらえず、自白を得るために厳しいプレッシャーをかけているのではないかと指摘されます。
このような前提知識がないまま、不意打ち的に濡れ衣を着せられてしまった場合、誰にも相談できずに気が動転したまま、一人で対応していかなければならないというのはリスクが大きいといえます。
その点、「痴漢冤罪保険」に入っていれば、事件発生初期の段階で、専門家である弁護士の適切なアドバイスを受けれるというのは、下手な対応をしてしまうリスクを大きく減らすことができる可能性は高くなりそうです。
仕組みとしては、事件発生後、携帯電話やスマホにダウンロードした専用アプリのボタンを押すことで、登録弁護士にメールが一斉発信され、対応可能な弁護士がこれに応じて電話できるというものです。
利用できる時間帯に制限はあるものの、ラッシュアワーの時間帯はほぼカバーできているようで、緊急時に対応してもらえる便利な仕組みといえるでしょう。
保険料は高いか安いか
冒頭でも触れましたが、この痴漢冤罪ヘルプコール付き保険の保険料は月額590円、年額6400円ということでで、この保険料をどう捉えるべきでしょうか。
補償内容が保険商品によって微妙に異なるので一概に比較することはできませんが、痴漢冤罪時の特典がない他社の個人賠償責任保険では、月額130円~300円くらいのものがあります。
この痴漢冤罪などの際の特典が付属することでこの保険料が、高いと感じるか安いと感じるかは人それぞれの価値観によるでしょうね。
実際2~3年以内に特典を使う場面になるのであれば元は取れるといえるかもしれませんし、仮に使うことがなかったとしても安心して通勤できるという安心料と考えれば妥当と考えることもできます。
痴漢冤罪時に特典がある保険商品は今のところ他にはないようですが、他の保険商品とも比較して判断されればよいでしょう。
問題点はあるか?
この「痴漢冤罪保険」の問題点として懸念されるのは、本当に痴漢行為を行う者に悪用されないかということです。
つまり、痴漢の常習犯などが捕まった際の、それこそ”保険”として罪をごまかそうとすることに利用されはしないかということです。
この点について何らかの手立てがあるというわけではなさそうですが、やはり適正な刑事手続きを踏んでいくしかない、ということしかいえないのかもしれません。
さいごに
今回紹介した「痴漢冤罪保険」は個人賠償責任保険の特典という形ではありますが、これまでにないユニークなアイデア商品といえます。
ここ最近は痴漢事件で無罪判決が出るケースもあり、冤罪が晴れるといったこともいくつか出てきています。
一時、痴漢冤罪事件が大きくマスコミなどで取り上げられたこともあり、捜査機関や裁判所など刑事手続のより一層の慎重さや、チェック体制などにも影響を与えたという面もある考えられます。
痴漢冤罪事件は以前よりは生まれにくくなってきているとは思われますが、備えあれば憂いなしということで、検討してみる価値はあるかもしれません。
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